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博士課程の学生が私企業に就職するまで
博士課程の学生が私企業に就職するまで
博士後期課程に在籍している私が、2008年4月から働けるように就活をしていきます。
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何とか予備審査終了♪
週末にあった、学位申請の予備審査、何とか合格しました。
これで、来月早々に学位申請、2月中旬の審査会へと道が続きました。

土曜日は緊張&寝不足でフワフワとした状態で大学へ向かい
予備審査を受けたのですが
副査の教授蓮からは
「プレゼンをxxしたり○○したりしたら、より分かりやすくなる」
と前向きなご意見を頂きました。
また
「世界で働きエビ君が初めて明らかにした事を
もっとアピールしなさい」
とご意見を頂きました。


決して完成度は高くありませんでしたが
何とか躓きながらも一歩前進です。

にしても、論文の準備のために会社も休んだし
連休明け、仕事生きたくない病です。。。
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テーマ:日々のつれづれ - ジャンル:日記

偉いサン(?)と飲んできました
昨日、働きエビの大学の学部長&学科長と
お酒を飲む機会がありました。
というのも、働きエビの指導教官が2007年度に生物学科長で
その慰労会が学部長主催で行われました。
ただお酒&食事(お寿司でした)が余っているので
「研究室の若い人達に振る舞おう」というコンセプトか
どーかは分かりませんが、ボスからお呼びがかかって
働きエビの所属する研究室の男性3人で
お邪魔させて頂きました。

そこにいらっしゃったのは
生物学科長、化学科長、学部長の3名だけでした。
このような事を書くのは非常に失礼ですが
学部長は本当に頭の回転が早く、気配りの出来る人で
物腰の柔らかい尊敬出来る人物でした。
学部長がこのような事を仰っていました。

「今の社会は
お金持ち、お金儲けの出来る人が偉いという
風潮がしてならない。
それもイリーガルな手段を使ってもお金さえあれば
偉いようにしてしまう風潮がある。
それは私(=学部長)としては非常に奇異に感じる。
しかし
このような世の中にしてしまったのは
私達の世代なのかもしれない。。。


また、これはとある学科長が仰っていたことですが
「科学研究費の配分に非常に疑問を感じる。
というのも
現在、国が主導する研究費は優秀な成果を出す教授
あるいはグループ1%未満に全体の8割以上が
配分されているのではないか?
ある超大物教授が言っていたのは
『著名な雑誌(=○atureやSien○e)に
論文を発表するまでは非常に苦しい財政状況であった。
しかし発表後は
資金を得る事が簡単になった。
それはある種、当然だし喜ばしい事だが
もらう研究費のほとんどは過去の成果に対してであって
これから行う予定の
全く新しい概念の研究にはお金が出ない。

結局、過去の成果でお金をもらって
新しい実験をする。
これは
本来の科学振興という面から考えると非常におかしい。
本来の科学振興とは
新しい芽を見つけるために
広く資金を提供して
その中から
より優秀な人材や
アイディアを発掘するため

のものであって
今のままだと学閥であるとか縁故から抜け出せずに
本当に優秀な人材を有用に活かせないんじゃないか』」
との意見でした。

結局、お金があるところじゃないと
新しい研究も出来ない。
それでは、今以上の発想は得られないのではないか
との事でした。

大学の先生方が、それも学科が異なっていても
このように思われるのは
本当に何かしら問題があるのでは無いかと
思わされます。
研究とは関係ないけど。。。(笑)
今週はボスが学会のため出張でいないのですが
。。。研究室がFXで盛り上がっています(笑)
ちなみに今、1$=102円を挟む攻防らしいですが
この数円の攻防が、研究室の何人かの運命を
ガッチリ掴んでいるようです。

ちなみに働きエビは
コレから焼き肉を食べてきます?♪
追い出しコンパ
27日に
働きエビの所属する研究室の追い出しコンパがありました。
場所は学校近くの居酒屋。。。というよりは小料理屋で
かなり居心地がよくて
19時に始まったのに終わったのが23時前でした。
お店の人にはかなりご迷惑をかけたと思います。

ちなみに働きエビは最近、少しのお酒でも
記憶が非常に曖昧になります。
加齢の所為もありますが、お酒に弱くなってきた事も
原因の1つではあると思います。
水曜日の追い出しコンパでは
途中からほとんど覚えていません(爆)
断片的には覚えているのですが
前後のつながりが全くありません。
どーもM1の女の子を無理矢理、感動させるように
仕組んで、泣かせたらしい事を
さっき聞かされました(^^;)
どーやって帰ったかもあんまり覚えてないし
起きたらジーンズは脱いでたものの
セーターは着たまま眠ってたようですし。
でも持ち物を無くしたり忘れたりする事もなく
無事に帰れてるのは、帰巣本能でしょうか?

ちなみに酔っぱらってもほとんど変化が無いので
次の日に「昨日、実はあんまり覚えてない」って言っても
あんまり信じてもらえません。
多分、眠ると色んな事を忘れるのだと思います。
。。。辛い事を忘れるのは望むところなんですが
楽しかった飲み会の事を覚えてないのは
何だか損した気分です(>o<)
卒研&修論発表の練習
今日は研究室の4年生&修士課程2年生の
卒研&修論発表の練習でした。
4人分の発表スライドを見て、訂正箇所を指摘したり
不明な部分を改訂したりと
全部あわせて6時間でした。
13:30から始めて終わったのは19:40。。。
途中でコーヒーブレイク等を挟みましたが
とっても大変でした。

働きエビが修士2年生だった時
あまりキッチリ出来たとは言い難いので
出来るだけ分かりやすく訂正箇所を指摘したつもりですが
。。。当時の働きエビは
自分の研究分野の事をあまり理解出来てなかったなぁと
今更ながらに反省します。
加えて、ここ数年の間に、理解度も向上しましたが
それ以上にプレゼン頻度が格段に増し
それに伴ってプレゼン能力が向上したように思います。
亀の甲より年の功」とは
よく言ったものです(笑)

プレゼンの極意って未だに分かりません。
他人に「どーすれば上手くプレゼンが出来るか」を
伝えられないという事は
まだ完全には理解出来ていないという事でしょう。
頑張っていこうと思います。
ポスドクとは
ポスドクという言葉をご存知の方は

どれほどいらっしゃるでしょうか?

ポスドクとは、ポストドクター(post doctor)、

あるいはポストドクトラルフェローの略で
(post doctoral fellow)

一般に2?5年の契約(単年契約の場合もあります)で

大学や公立(独立法人)の研究室において

就く任期付の職の事です。

現在、博士号を取ったあとにすぐに大学や研究所の

職員(助手/講師/准教授/教授)になるという事は

まずありません。

ポスドクを複数回、経験してから

やっと大学の職員になります。
(契約期間があるような職(助手も含む)ではない、講師以上の職の事を一般にパーマネント=(恒久)の職といいます)

お給料は研究室の教員(教授/准教授)の

研究費から支給されます。

ポスドクは大学や研究所において

実際に実験をしている、最も戦力となる研究員です。

しかし契約が切れた後、次の職に就く保証はなく

昇給もありません。

また一般的にはポスドクを2?4回程度経験してから

パーマネント職に就く事が一般的で

40歳前後になって、なんとか職員になる人が多いです。
(当然、非常に優秀な人は30歳代で准教授になられる方もいらっしゃいますが、非常に特別な才能のある方だと思います。)

そのために人生設計が難しいのも事実です。
大学院での研究生活1
博士前期課程......通称マスターコースでは

最初のうちは指導教官、

あるいはポスドクと呼ばれる博士号(学位...通称ドクター)を持った人や

博士後期課程(通称ドクターコース)の学生が

実験手法や試薬の場所を教えてくれます。

大学であまり勉強しなかった&タンパク質関連の講義が多かった私は

分子遺伝学という分野にあまり馴染みがありませんでした。

大学の講義では

タンパク質の構造やその機能などがメインの興味でした。

また卒研では新たな機能を持つタンパク質の探索を行っていたので

あまり遺伝子に興味はありませんでした。

それまで転写/翻訳という、生物では常識になっている

遺伝子→RNA→タンパク質という程度の事しか知りませんでした。

(この辺りの事を知りたい方は
話題の生物と無生物のあいだがおすすめです)

それが今で言う「バイオテクノロジー」の代名詞とでも言える

遺伝子組み換え等を行う事になりました。

その頃は「遺伝子組み換え」と聞くと

非常に突飛なテクノロジーだと思っていましたが

実際に自分がやってみると、それほど突飛なものではありません。

世の中で「遺伝子組み換え植物は非常に危険だ」と

声高に言われていますが

私が知ってる範囲で言うと、中国産野菜より非常に安全です。

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